2011年05月31日

たべものやさん ごめんなさい。

よくブログなどで、外食したときの感想を書いている人がいる
お店の雰囲気や、料理の内容、味等の感想を述べている。

でも、私のブログではほとんど無い
なぜかと言いますと....

感想を書くことが苦手

なのだ。
単純に言葉が出ないのだ
感想を聞かれたときに
言葉に詰まることがある。

それは、本当は気に入らなかったんだけど
直接言えないから、何言って良いか困った....

のではなくて
ただ単に言葉が出てこないのだ。

表現って苦手なのだ~

「わーおいしい~」
とか
「めっちゃうめぇ~」
とか

絶対言えん!

だから、おいしくても
淡々と食べているだけなのだ。

食べ物屋さんに限らず、プライベートな場合でも
作る側としては気合い入らないかも


なので
美味しく食べてるように見えなくても
美味しくないわけではないので
気にしないでね。
俺に感想を聞いたときに
言葉が出てこなくても
相手に言えないから言葉に出ないのではなくて
単純に言葉が出てこないだけなのです。


そしてカレー、
私はカレーに関しては「何でもあり派」。
人によっては
「こういうカレーじゃないと、カレーという感じがしない」
と、こだわりを持っておりますが
私は美味しければいいじゃん
と思っております。

家庭のまったりカレーも好きですし
喫茶店カレーも好きですし
エスニックカレーも好きです。
市販のカレールーで作ったカレーも美味しいです。
好きなんです!

しかし、、、、
エスニックとか、スパイシーとか、
俺にとってインパクトのある美味しいカレーとは...
となったとき、
ちょっと変わってくる。

やはり、2年間スリランカで
辛くて美味しいカレーを食べ続けた結果
スパイシーで、辛いカレーのレンジが
一般日本人より
広がってしまったのかもしれません。

私が
これこそスパイシーで辛くてうまいカレーだぁ!!
と思うようなカレー、日本のお店で出会えるかわかりません。

食べた場所(土地)の気候、雰囲気、体調もあるでしょうし、
思い出として頭の中で美化された部分もあるでしょうし、
私が これこそは! って思う 
こてこてのスリランカカレー出していたら
こんな田舎で商売として成り立たないとも思っております(笑)

ということで
ブログに外食記録を書いておりますが
感想は書けません。
「ここはおすすめ!」って勧めることも苦手です。
感想聞かれても気の利いた答えができません。
カレーの感想聞かれても、
日本のカレーから外れた部分で考えてしまうかもしれません。

ごめんなさい。  

Posted by かれい♂ at 18:14Comments(0)日記

2011年05月30日

5月に食べてきました そとごはん。

さてさて、5月も終わりますと言うことで...
恒例の「こんな物食べました」です(笑)

インド・ネパール料理 アンナプルナ 座光寺店
一緒に食べに行ったメンツの中に
ナンを食べたい人がいたので。



チーズなんです。 
「チーズ ナン」です。 





大原屋さんにてモーニング。
http://www.facebook.com/?ref=logo#!/home.php?sk=group_140336626038500&ap=1
サンドイッチトースト。


 
 

平谷村 道の駅の反対側(笑)
藤まる食堂
http://mathunoya.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/open-6611.html

食べるは もちろん唐揚げ定食!!


 

 
阿智マルシェが開催された 
http://yaplog.jp/kitchenstove/archive/35
阿智村・辻乃園さんにて 手打ちです。
 

 
 

震災支援の報告会の後 
http://tuki-no-ie.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-3559.html
ふたつ矢さんにて
 



 

手作り品マーケットにて
http://handmadehasamimushi.blog130.fc2.com/blog-entry-403.html 
 

 
 


『被災地を行く』井上弘司東日本大震災現地レポート報告会
の後に鼎の中華料理屋さんにて 
回鍋肉定食。
 

 
ちゃんと唐揚げもついております(笑) 
 


ふう、今月も食った食った。  

Posted by かれい♂ at 18:07Comments(0)食べてきたよ

2011年05月30日

いんたーねっちょで情報収集。

やっぱインターネットで情報を集める人は多い
3.11移行、インターネットで情報を収集した人たちも多いだろう。

でも、インターネットを利用していない人たちも多い
積極的に利用していない人たちもいるだろう。

中には様々な事情で利用できない人もいるだろう
経済的な事情のある人もいるだろう。
パソコンの前にいると気分が悪くなる人もいるかもしれない。
電磁波過敏症の人はパソコンの前にいられないかもしれない

それはそれとしてわかっているし
得手不得手もあるし、それぞれの得意分野で協力し合う事も必要であるとは思いますが、あえてちょっと極端に書いてみたい。


最近の話題で言えば原子力発電所。

3.11の前は、否定的な事は
マスコミを通じてはほとんど外に出てこなかった

上関原発の工事予定地のことなんか
全国規模のマスコミはほとんど報道しなかった。

みんな、インターネットを通じて情報を集めていた
現地の人たちもインターネットで情報を流していた
以前はテレビ局しか出来なかった動画のライブ中継もやっていた。

でもマスコミは全国規模でほとんど報道しなかった
ちょっと怖かったよ。

でも、そんなマスコミに流れない情報も
インターネットで流していたよ
文字や映像や動画で流していたよ。

遠くで行われている講演会や
トークショーも流れていたよ。

集会とかで
会場からの意見や質問で、
「私はインターネットが出来ないので....」
ということをたまに聞く。

「何々の情報はどうすれば手にはいるのでしょうか」
「インターネットで手に入ります」
「私はインターネットをやっていません」

「私も反対なのでパプリックコメントを送りたいんですけれど、どうすれば」
「ウェブサイトに詳細が出ています」
「私はインターネットをやっていません」


いま、様々な情報がインターネットで入手できるのですよ。
行政の情報も意見募集もインターネットでしているのですよ。
自分の意見を伝えたければインターネットで離れたところの多くの人たちに伝えることが出来るのですよ。

NGOが独自に調査した結果もインターネットを通じて入手できるんですよ。
マスコミが報道しないことも報道してくれるんですよ。

行政にしろ市民団体にしろ、
日本全国の人すべてにチラシを配るなんて出来ないんですよ
パブリックコメント募集でも、すべての機関の情報をすべて地域の広報に掲載して回覧板に載せてまわすなんてできないんですよ。出来たとしても時間と費用が大変かかってしまうのではないだろうか。
NGOとかそんな予算や手間はありませんよ。

そして、インターネットで情報を集めている人は、それなりの費用と労力を使って情報を得ています。
パソコンや周辺機器を購入して、毎月の通信費を支払い、自分で費用を出して本を買ったり使い方をならったり、お願いして教えてもらったり、時間をかけて試行錯誤して経験を積みながら、自分の欲しい情報を得られるようになって、自分から情報発信できるようになって来たのだと思います。

個人的な付き合いや助け合いの中でならともかく、
私は自分の生き方としてパソコンは使いたくありません、インターネットを使いたくありません、そんな費用も出したくありません、自分の欲しい物を買います。自分のやりたいことに時間を使います。パソコンの事はよくわかりません。これから勉強するのも面倒だ。でも情報ください。インターネットやっている人情報ください....

うーむ、先に書いたとおり、それなりにお金と時間と労力払っているんですよ。苦労してやりくりして時間とお金を捻出しているんですよ。

しかし、私は他人に対して強制は出来ません。
インターネットを利用するかしないかは各個人の選択です。
利用しない事を選択するのも、その人の生き方です。


しかし、自分の意志で選択した結果、

インターネットを利用するつもりがない、
面倒だから費用がかかるからやりたくないんだ、
自分の生きかたを通すために使わない

というのなら、

知りたい情報や知るべき情報がマスコミに流れないとき、
インターネット上に流れていても自分は知ることができないこともあり得るということ、
情報が得られなくてもしかたがありません。

ということを受け入れた上でインターネットを使用しないことを選択しているということなのでしょう。  

Posted by かれい♂ at 17:22Comments(0)日記

2011年05月27日

東北に行ったときの写真をまとめていて。

先日 東北大震災の報告会で発表する機会を得た。

私はメインの報告者ではないの事前に名前も出ていないし
自分では前座のつもり(笑)

私自身はボランティアで作業したわけでもなく
最前線での作業は少なかったし
現地の方々と関わることが少なかったので
撮影してきた現地の写真を見せることが役割だと思い
そのように準備をした。

まぁ、伝えるって難しいですねぇ(^_^;)
もともと人前で話すことなど
ほとんど無いので、
技術的にも全くだめだめで....

そんなこんなでしたが
現在報告会で使用した資料のデータ修正しております。

写真を追加したり、キャプション付けたりしているのだが、全国から車両が集まって来ている写真を紹介したのですが、その写真の初回について思うことが。

報告会では、日本各地から集まってきている
車両の写真を紹介しただけ。

見れば、「ほほう、集まってますねぇ」
って思うだけですね。

以前このブログでも紹介したことがある。

全国から。
http://karei.naganoblog.jp/e711226.html

全国から。02 補完編
http://karei.naganoblog.jp/e727873.html


全国から集まっていることも珍しいし
日本ぜんぶが支援のために集まってきている
ただすげぇと思っていたことも有るのだけれど
私には他にも思うことがありまして.....。


関西の震災の時は
一人のボランティアとして
長田区に入っていた。
そこでお医者さんの団体のお手伝いをしていた。

長田区のある避難所で、
非難されていた方々と
たき火を囲みながら話をしていた。

非難してきていたおじさんの一人が言った。

「関東で地震があったら、俺たちが駆けつけるからな」

あれからの16年間に
何回頭にうかんで来たことだろう。

思い出すたび
目頭がちょっとだけ熱くなる。

あとで考えてみて
ただ、支援してくれて助かった
ありがとうって思っただけじゃなくて

みんなの「被災地を支援しよう」「手伝いに行こう」
という思いが伝わったからじゃないかなって思っている。
そして「よし、次は俺たちも!」なったんじゃないかと
思っている。(私が勝手に思ってる(笑)))


そして 今回の震災。
最初に作業した箇所の隣で
神戸の人たちが来ていた
近畿地方整備局からの派遣だ。



関西にいたときに「駆けつけるからな」といってくれた人ではないし、給料もらって来ている人たちだけど
(といっても2週間テント暮らしで、24時間交代作業)、こうして掛けつけてくれている。

作業員の中には、震災時は高校生で長田区にいた人もいて、早朝パジャマのまま非難したけれど昼には火事で家が全部焼けてしまったという人もいたりする。

そんな人たちにあうと、
神戸で聞いたあの言葉を思い出す。

そんな気持ちを引きずりながら
全国から駆けつけている様子を見ると
やはり感じる物はあるのだ。
(どんな感じか具体的な言葉で表現はできないのだけれども.......)

報告会では、どうしてこの写真を入れたのか
伝えようともしていなかったなぁ......
伝えようとしても、俺が話しても伝わらないだろうな
それ以前に、限られて時間の中で
伝えるべきことでもないか(笑)


ブログには掲載していないけれど、
ブログに写真を掲載した九州勢が帰った後
(一週間の予定が一ヶ月居たそうな!)
熊本の人たちがやってきた。
彼らは
熊本から鹿児島に行って
鹿児島から大阪までフェリー
仙台まで陸路でトータル3日間かけて来たのだそうな。




  

Posted by かれい♂ at 17:15Comments(0)日記

2011年05月20日

住職が細かいことをいろいろと適当に書く。

このブログの名前はサンマ...ではなくて「サマンサ」

サマンサといったら、サマンサ・スティーブンス。
タバサちゃんの母親でございます。

サマンサ・スティーブンスを演じたのが
エリザベス・モンゴメリー 。

一昨日はエリザベス・モンゴメリー の命日でございました。

合掌。

さて、「ボランティアをしたい」と思ったことがない
他力本願寺住職が、適当に書きます。

車運転しながらラジオを聞いておりました。

今回の災害のことや
ボランティアに関して話しておりました。
自動車運転しながらなので
言葉の一つ一つは覚えていないのですが
気になったことをいくつか。

・地震が起こったときに県から市町村に向かってメールで情報把握のためのメールを送ったんだとか。
他にも防災無線とかあって使ってるんだろうけど、
メールを送ったんだけど、被災地の役場は津波で壊滅的被害を受けて
報告できなかったとラジオで言っておりました。

うーん、津波の被害を受けなくても
大地震が来ればインターネットとまるだろ......

中越地震の時も防災無線壊れたって報道あったけど
で、今回はメールで連絡ですか....


・ボランティアの話で、テレビとかで報道されているところに集まってきて、
地域格差が出来てきているのだとか。

そうだろうなぁ。
格差でてきているだろうなぁ。
関西の震災の時に
私がいた建物と同じと所にいて協力し合っていた団体の
コーディネーター的役割を果たしていた人たちは
報道されているところに炊き出し、物資、ボランティアが集まることはわかっていたので
報道関係者から問い合わせがあったときには
支援が薄いところなんかを紹介したりして
うまく散らしていましたねぇ。

状況によってはうまくいかないとは思いますが、
報道によって偏ってしまうことは昔からわかっていた話。

・ボランティアが、報道されている所に行きたがるとか
やりたい作業をしたがるとか....
「わがままなボランティア」なんて言葉もでてきましたねぇ

まぁ、テレビ見ていて「行きたい」と思うんだから、
テレビ見ていて、手助けしたいと思うのだから
その心を満たすためには、そこに行きたいと思うさ。
「こういうことをしたい」って事をしたいさ。

以前からこんな事は起こるって事はわかっていたことを
「今回の震災ではこんな事がありました」
って、どや顔で...じゃない...ラジオだから
「どや語り」してたもんだから、ちょっと思ったわけさ。


それから、テレビ見てたらいろんな専門家の皆さんが語っているわけ
与野党の議員さんにつっこんでいるわけ。

関西のときは2週間現地にいて
帰ってきてからテレビ見てたら
現地に行って来ましたとか行って一日見てきた人が語っていたわけ
確かに理屈ではあっているのだろうけれど
凄く違和感があったわけです。
「う~ん、何かちがう」って。

2週間程度いただけで違和感あるのに
ずうっといる人たちはどのように感じているんだろって思ったわけ。

そして今回テレビ見ていて
つっこんでいる皆さんが
「私は現地を見てきたんですが...」
と最初に言って、それからいろいろ主張しているわけです。

内容も「えっ、そんなにうまくいくの?」
って思っちゃうことを、
こうすりゃうまくいくのに、何でやらないんだ!
って責めているんです。

ふぅ。

私は今回、
災害復旧の最前線で働いてきたわけでもないし
直接被害者救援してきたわけではなく
現地の声をダイレクトに聞いてきたわけではないけれど

3月から4月、4日×3回行ってきて
帰ってきてからテレビで見る
またまた 「どや顔」で語る、主張する、みなさんに
違和感でございます。

さて、今日は震災ボランティアに行ってきた人の話が聞けそうなので
時間が取れたらいってきやす。
「震災被災地ボランティアの報告」
http://tuki-no-ie.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-1240.html

  

Posted by かれい♂ at 13:13Comments(0)他力本願寺 本堂

2011年05月09日

さて、飯田下伊那が大地震の被害を受けたらどうなるだろう

みなさんこんにちは
他力本願寺住職のかれい♂でございます。
他力本願寺住職...20年近く前なにかで読んだ文章のパクリでございます。

昨晩
カテゴリーに「他力本願寺 本堂」作成しました。
いろいろ言っているけど、自分では何もしないので。
他力本願とという言葉の正しい使い方では無いとは思いますが、
他人の力を当てにしてます (^▽^ケケケ

自分は何もしていないけれど
言いたい放題書くカテゴリーでございます。


先月、出張で石巻市に行ってきたときに
移動中、車の中から写真を撮影してきました。

まずは追波川運動公園。




自衛隊の車が並んでおります。




テントも並んでおります。



たくさん並んでいて、
一斉捜索の時などは、一日に何回もヘリコプターが着陸したり飛んでいったりしておりました。


次は石巻総合運動公園。





ここでも自衛隊車が並んでおります。




ドラム缶も並んでおります。



同じ公園内の違う場所には....




赤い車....消防の皆さんです。




北海道からですね。





運動公園の近くの石巻専修大学




ボランティアの人たちのテントです。




自衛隊、消防、ボランティア、他の皆さん、、凄いたくさんの人たちが参加しております。
3月に行ったときも、東北に向かう自衛隊の車をたくさん見ましたし、
消防の車や、医療関係の車、物資運搬の車たくさん見ました。
他にもインフラ復旧の関係等大集合です。

日本中の力が結集しております。

で、上に掲載した写真を撮影した後にふと思ったこと

伊那谷は東海地震等の
大地震の影響を受ける可能性が高いと言われております。
もし、そんな事態になったとき大丈夫なのだろうか。

高速道路、一般の道路、鉄道等が不能になることは別にして
幹線道路が復活して救援が来たときに....

自衛隊の人たちが駐屯するところは有るのだろうか。
車両、車両を動かす燃料、テントを張るところ、物資を置くところ....

ヘリで荷物を運んでくれたとして
ヘリポートが有るとして...
荷物を一時的に置いておくところは有るのか。

消防の人たちが居るところは有るのだろうか。
基地となるところは。

災害時となれば、市役所には多くの人たちが来るだろう
市民、救援に来た人たちの本部などなど...
今の市役所は耐震上居られないとして
本町の庁舎にはみんな集まれるのか
市の中枢として役割を果たすことが出来るのか.....

ボランティアの皆さんが集まって来てくれたときに
駐車スペースとか、テントを張るところは有るのだろうか
ボランティアセンターはどこになるのだろう。

来てくれる人の中には、インターネットで情報を集める人も多いと思うけれど
インターネットでの情報発信はどうなるのだろうか、
サイトの準備は出来ているのだろうか......

実際にすでに飯田市内でボランティア受入の準備をしている団体はあるし、
(知っていながら関心を持って関わってこなかった私も私でありますが.....)
飯田市としても、東北災害の支援に当日のうちに出発しているし
「飯田市の施設に避難する人受け入れればいいのに..」
と思っていたら、受け入れたし、
上に書いた事も、実は準備を進めていて
私が知らないだけなのかもしれないんだけどね。
  

Posted by かれい♂ at 16:46Comments(2)他力本願寺 本堂

2011年05月06日

このトラックに積まれているのは....

駐車場でこんなん見つけた。




違う方向から見てみる。
これは何なのだ.....



排水ポンプ車だって横に書いてあります(笑)
どのように使用されるのでありましょうか。


実際の使用状況がこれ。
(同じ機械かわかりませんが、同型の機械だと思います)



クローラーで自走していきます。
リモコンらしいです。
大きなクレーンが設置できない狭いところや
足場の悪いところへ大きなポンプなんて
とても持って行けませんから開発されたのでしょうか。


違う方向からの写真。




水面に浮かんでいる赤やオレンジ色の物体は
「浮き」です。
ポンプがぶら下がっています。
ただポンプを投入すると
泥の中に埋まってしまので
常に水中に有るようにするのであります。



複数ポンプが設置されているので
ホースもたくさんでています。




そして、水は外に排出されます。



朝日が昇る直前の入り江へ水は放出される......
というのは嘘です。
写真の中央に見える
直線につながった点。

これはガードレールのポスト(支柱)。

そう、ここは陸地だったところです。
津波で堤防は決壊、広範囲に破壊されてしまった。

地盤も下がっていると思われ
一面水がついている。

堤防とは言えない仮締め切りを延ばし、
水を塞いでは仮締め切りの内側の水をポンプで排出。

元有った海岸の堤防までたどり着くには
まだまだ時間がかかるだろう。
そして水が引いたところから
捜索が始まる。

津波が来る前はどのようなところだったのだろうか。

石巻港付近、雄勝町、女川町など見てきた。
破壊尽くされたがれきの山だ。

しかしこの付近の水が引いた箇所を見ると
建物の基礎は残っているが
がれきは少ししか残っていない。

津波によってすべて奪われてしまっているのか....  

Posted by かれい♂ at 18:06Comments(2)日記

2011年05月06日

全国から。02 補完編

以前書いた記事。
「全国から。」
http://karei.naganoblog.jp/e711226.html

ここでは北は北海道、南は九州鹿児島から
集まって来ている写真を掲載しました。
で、その間はどうなのだ...と言うことで
今回発見しました。






照明車が2台
手前が北陸地方整備局




アップにしてみました。
手前の北陸地方整備局(阿賀野川河川事務所)の裏に
中部地方整備局(天竜川上流河川事務所)の照明車です。





こちらには2台並んでおります。




アップにしてみます。
新潟ナンバー
北陸地方整備局でございます。





こちらにはポンプ車が2台並んでおります。
どこの車なのでしょう...





ナンバーを見ると...



徳島と香川です。
と言うことは四国地方整備局のポンプ車です。


国土交通省では災害時に
緊急災害対策派遣隊を災害地に派遣することになっており
全国からポンプ車、照明車、待機支援車等が東北に集まってきております。

ちなみに地方整備局の中には
防災ヘリを持っているところもあります。

北海道開発局の防災ヘリは...「ほっかい」 
東北地方整備局の防災ヘリは...「みちのく」 
北陸地方整備局の防災ヘリは...「ほくりく」 
関東地方整備局の防災ヘリは...「あおぞら」 
近畿地方整備局の防災ヘリは...「きんき」 
四国地方整備局の防災ヘリは...「愛らんど」 
九州地方整備局の防災ヘリは...「はるかぜ」 


そして我が
中部地方整備局の防災ヘリは...


「まんなか」


う~む、
確かに日本の真ん中だからなぁ。  

Posted by かれい♂ at 16:25Comments(0)日記

2011年05月06日

4月下旬の そとごはん。

4月下旬の外ご飯でございます。

4月25日の朝ご飯。
横川サービスエリア(上り)でございます。
肉そばでございます。






4月25日のお昼ご飯。
国見サービスエリア(下り)の
牛タン丼でございます。
宮城県突入前に仙台名物で気合いを入れます。


 
 
 
 
4月26日の朝ご飯。
25日の出発前にコンビニで購入したおむすびでございます。
消費期限が数時間切れている~
早く食べなくては~






4月26日のお昼ご飯。
おむすびと一緒に買ったコンビニパン。
これは賞味期限前だけど早く食べなくては~
お昼と夕方に一つずつ。






4月27日の朝ご飯。
定番になってしまった
パックご飯とレトルトカレー
箸で食べております。
いただきます (^人^)。






4月27日の夕ご飯(のおかず)。
近くのスーパー(石巻市内)にて購入。
私としては唐揚げを購入したかったが、
無かったので竜田揚げを購入。
スーパーの品揃えはよく、
サンダルと野菜ジュースを購入。
災害のダメージを大きく受けたところと
小さかったところの差が大きく開き始めている....








4月28日の朝ご飯。
パックご飯とレトルトカレー
見た目同じでも
昨日とはカレーの銘柄が違いまする。
いただきます (^人^)。






帰るときに一泊した宇都宮にて
餃子を食べながら一杯やった後の
締めのラーメン。






前回とは違うホテルの朝食
さすが宇都宮、朝食に餃子!




朝食の後にホテルでぎっくり腰。
何とか帰社。荷物搬入。
ゴールデンウィーク中は
パソコンで作業する姿勢がほとんど取れず
今になって更新....。
実は個人の荷物はそのままなのだ(苦笑)  

Posted by かれい♂ at 14:55Comments(0)食べてきたよ
プロフィール
かれい♂
飯田下伊那の
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フルーツカクテル管理人

「南信州」
と言う言葉を使わず
かたくなに
「飯田下伊那」と言い、

「南アルプス」
と言う言葉を使わず
かたくなに
「赤石山脈」と言う、

こだわりを持った
人間というよりは
偏屈な人間。
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