2013年06月19日
道をゆく。最後まであきらめず。
道とは何であろうか。
日本においては単なる通路としての意味だけでは無く
人生や生き方まで含まれる。
そんな「道」に、飽くなき追求心を持ち続ける
かれい♂でございます。
今日はそんな「道」の中でも
身近な存在である「県道」について追求したく
始点から終点まで自分の足で歩いてみることにした。
まずは始点にたどり着く。

駅前である。
出発にふさわしい場所ではないか!
進行方向を見る。

さぁ、出発だ。
いきなり登り道だ。
かの徳川家康は「人の一生は重荷を負て遠き道をゆくがごとし.....」と
遺訓を残したらしいが、道を究めるためにはふさわしいではないか!
途中、雨が降ってきた。
人生、晴れる日があれば雨降る日もある。
雨が降ってきたからと行って人生をやめるわけにはいかぬ。
ただ、ただひさすらに前に進むのみである。

坂道、雨天、様々な困難を乗り越えて
終点が近づいてきた。
ここが終点。

終点を反対の方向から見てみる。

せっかくここまできたのだ、
始点までまた戻ってみよう。

ただ黙々と、ただ黙々と。

始点が見えてきた。

無事到着した。
私は成し遂げたのだ、県道を徒歩で、自分の足で走破することを。
しかも往復なのだ。
しかし、この苦行を成し遂げたといって
道のなんたるかはわからない。
まだまだ修行が必要だ。
しかしこの旅で一つの真実が明らかになった。
百数十メートルの県道がある事が。

県道伊那八幡(停)線
ウィキペディアには「長野県道231号伊那八幡停車場線」
起点 JR伊那八幡駅前(新井伊那八幡(停)線終点)
終点 松尾(151号交点)
距離 0.1km (地図で見ると120mほど。 四捨五入か?)
このネタ、数年前もやったことがあるのですが、
書いたブログが閉鎖中であるのでまたやってみました。
日本においては単なる通路としての意味だけでは無く
人生や生き方まで含まれる。
そんな「道」に、飽くなき追求心を持ち続ける
かれい♂でございます。
今日はそんな「道」の中でも
身近な存在である「県道」について追求したく
始点から終点まで自分の足で歩いてみることにした。
まずは始点にたどり着く。

駅前である。
出発にふさわしい場所ではないか!
進行方向を見る。

さぁ、出発だ。
いきなり登り道だ。
かの徳川家康は「人の一生は重荷を負て遠き道をゆくがごとし.....」と
遺訓を残したらしいが、道を究めるためにはふさわしいではないか!
途中、雨が降ってきた。
人生、晴れる日があれば雨降る日もある。
雨が降ってきたからと行って人生をやめるわけにはいかぬ。
ただ、ただひさすらに前に進むのみである。

坂道、雨天、様々な困難を乗り越えて
終点が近づいてきた。
ここが終点。

終点を反対の方向から見てみる。

せっかくここまできたのだ、
始点までまた戻ってみよう。

ただ黙々と、ただ黙々と。

始点が見えてきた。

無事到着した。
私は成し遂げたのだ、県道を徒歩で、自分の足で走破することを。
しかも往復なのだ。
しかし、この苦行を成し遂げたといって
道のなんたるかはわからない。
まだまだ修行が必要だ。
しかしこの旅で一つの真実が明らかになった。
百数十メートルの県道がある事が。

県道伊那八幡(停)線
ウィキペディアには「長野県道231号伊那八幡停車場線」
起点 JR伊那八幡駅前(新井伊那八幡(停)線終点)
終点 松尾(151号交点)
距離 0.1km (地図で見ると120mほど。 四捨五入か?)
このネタ、数年前もやったことがあるのですが、
書いたブログが閉鎖中であるのでまたやってみました。
Posted by かれい♂ at 11:56│Comments(0)
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